◆ 星 の 見 る 夢 ◆  

 

 

3話 知徳

 

 

 

もちろん、こんなにも綺麗な女の子を自分の部屋へ連れることについて心配事は色々あった。
しかしそのような事を気にして、どうしようもないほど無防備な彼女を放っておくのも気がかりなのが彼の本音だった。
口で会話が出来ない分、不便がありすぎるのも承知だが、その辺りは目を伏せることにした。

 

―カン カン カン

鉄製の階段を彼は軽快に上り、階段を上ってすぐのところにある扉のドアノブに鍵を差し込む。それを右に回し、ガチャンと音がすると彼は女に「ちょっとここで待ってて」と言って中へ入った。

中でばさばさ、がたがたと音がする。
女は手を前に組んで、あたりをきょろきょろ見渡したりしながらおとなしく待っていた。

「お待たせ。まあ汚い部屋なんだけど、とりあえずあがってよ。」
「…。」

暫くして少し汗をかいた夾斬が、にこっと笑って顔を出した。女はぺこりと頭を下げて、彼の家へあがった。

「えぇっとぉ…、まあとりあえずそこ座ってて。」

彼の指差した方向には丸いちゃぶ台と座布団が敷いてあった。女は、またぺこりと頭を下げると座布団に静かに腰を下ろした。
彼女が座ったのを確認すると、夾斬は、所々が腐りかけている木製のタンスからメモ帳とペンを取り出し机に置いた。

「…それじゃあ、その、不便だし、まず名前だけでも教えてもらってもいいかな?」

女は少し躊躇してからペンを握り、メモ帳に文字を記し始めた。
それと同時に彼は立ち上がり、台所の横にある小さめの冷蔵庫から飲み物を取り出した。それは美味しそうな麦色をしていて、とくとくと音をたてながら細長いグラスに注がれる。

「よかったらどーぞ。」
「…。」

麦茶の注がれたグラスをとん、と机に並べると、女は深々と頭を下げた。
夾斬は腰を下ろしながら 彼女の目の前にあるメモ帳に手を伸ばし、彼女の容姿と同じぐらい整った文字を読み始めた。

"名前は涙鈴(レイリン)といいます。
先ほどは助けていただいて本当にありがとうございました。"

「へぇ、涙鈴さんね…。あ、おれの名前は夾斬だ。歳は18で、職業は…まあフリーターかな。八百屋と酒屋でアルバイトして暮らしてんだ。」

夾斬がははっと軽い笑みを浮かべながら言った。とりあえず、彼は涙鈴に自分は怪しい者ではないと確実に証明したかった。

「あ、そーだ腹減ってねえか?多分ちょっとしたものなら作れるから…。」

そう言って夾斬は立ち上がり、台所へ向かうとまた小さな冷蔵庫を開いて何か漁り始めた。涙鈴はその後姿をじっと見ながら、その場から微動だにしなかった。

「んー…玉ねぎ、にんじん…魚肉ソーセージ…あ、麺がある!焼きそばなら作れそうだけど、食うか?」

振り返ると、涙鈴はこくりこくりと小刻みに揺れていた。不審に思い、静かに近づいて顔を覗いてみると、彼女は静かな寝息をたてて眠っていた。
そんな彼女の寝顔を見ながら、いったい彼女はどんな修羅場をすり抜けて家を出てきたのか…家出にも似た上京をして来た頃の自分と彼女を少し重ね合わせ、その頃の気持ちを思い出して苦い気分になってしまった。

ともかく、座った姿勢のまま朝を迎えるのは良くないと思った夾斬は、たまたまあった客人用の布団を引っ張り出してちゃぶ台の横に静かに広げた。

「涙鈴さん、布団に…。」

肩を揺らして起こそうとするも、彼女は全く目を覚ましそうになかった。なので少しキツめに揺らしてみた…が、全く起きない。

「(こ、困ったな…。)」

仕方が無いので、いきなり抱きかかえるわけにもいかず、彼女の両脇の下に腕をいれると、ずるずると引っ張り布団へ運んだ。そんな荒業をしてみせても、彼女は眉一つ動かすことなく眠りについていた。
「(こりゃ相当疲れたんだな…。)」

やさしく掛け布団をかけると、部屋の端に丸めてあった自分の分の寝具を抱えると、台所と茶の間の境にある障子を静かに閉めた。

「(とりあえず、明日彼女が元気になったら詳細を聞こう。いや、その前にナナキとナジキさんにも相談を…。)」

そんなことを考えながら、台所に布団を敷き、明日の仕事のためにもそそくさと布団に身を潜めた。

「(でも、あんな綺麗な子が…しかも服装も豪華でお金には何か困ってなさそうだし…なんで家出なんか…しかも話せないとか…ううーん…。)」

頭のなかで色々と考えながら、いつのまにか夾斬自身も眠りについていた。

 

続く